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貞和四年(一三四八)正月
和田新兵衛正朝ハ、吉野殿二参テ事ノ由ヲ申サン(1)トヤ思ケン、只一人鎧一縮シテ、歩立二成テ、太刀ヲ右ノ脇二引側メ、敵ノ頸一ツ取テ左ノ手ニ提テ、東条ノ方ヘゾ落行ケル。安保肥前守忠実(直実)只一騎馳合テ、「和田・楠ノ人々皆自害セラレテ候ニ、見捨テ落ラレ候コソ無情覚候へ、返サレ候へ、見参ニ入ラン」ト詞ヲ懸ケレバ、和田新兵衛打笑テ、「返ニ難キ事カ」トテ、四尺六寸ノ太刀ノ貝シノギニ、血ノ著タルヲ打振テ走懸ル。忠実一騎相ノ勝負叶ハジトヤ思ケン、馬ヲカケ開テ引返ス。忠実留レバ正朝又落、落行バ忠実又追懸、々々レバ止り、一里許ヲ過ル迄、互不討不被討シテ日己二夕陽二及バントス。斯ル処二青木次郎・長崎彦九郎二騎、箙ニ矢少シ射残シテ馳來ル、新兵衛ヲ懸ノケゝゝ射ケル矢こ、草摺ノ余引合ノ下、七筋マデ射立ラレテ、新兵衛遂二忠実二首ヲバ取レニケリ。

〔注〕
(1)四条畷合戦における楠正行戦死の状況を吉野に報告しようとした。

〔解説〕
安保直実は、四条畷合戦に参加し、残党の和田正朝を討取る。高師直の武将としての直実の活躍の一コマ。