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西上州仕置として、滝川左近将監一益をさしつかいさる、其上関東管額職に補せられ、奥州まても手柄したひ(い)切取へき命旨を請、滝川信州小室へ著、それより上州箕輪へうつり、其後同国前橋の城に在て、近隣の侍共をわか旗下になす、倉賀野淡路守、内藤大和守、小幡上野守(介)由良信濃守、安中左近大夫、深谷左兵衛尉、成田下野(総カ)うへ田安徳斎(案独)、高山遠江守、木辺宮内大輔、長尾新五郎皆もつて滝川か下知にしたがふ、此等の者の人しちを取て、箕輪の城に入をく、其いきはひのいかめしさ、狐か虎の威をかるかことし、然所に信長公、信忠卿父子京都にをいて、同年六月二日、明智日向守光秀かためにころされ給ひぬ、此よし上州へ告来る、滝川聞ておとろきしか、智謀武略の者にて、上州の侍共ハ、いまた此義をしらされハ、近辺の諸さふらひを急き招きよせ、滝川云けるハ、当月二日、信長公父子京都におひて、明智日向守かために討れ給ひぬ、滝川京都へせめ上り、主君のとふらひ合戦し、日向守を討ちはろほさん望み有と云とも、西国にハ羽柴筑前守秀吉あり、柴田修理の亮勝家加賀ゑちせんに在て、隣国なれハ討て上るへし、其上中将殿、三七殿ましませハ、いつれかはせ参し、かれをうたん事安かるへし、然ハ北条氏直此義をきゝ、上州へ出馬すへし、ねかはくハ、われ氏直と合戦すへし、上州諸侍一味あるへきかきかんいなやと云、上州衆此ょしを聞、滝川此一大事を聞あへすしらすること、義をまもり、節をおもくする大将なりと、おのゝゝ感したり、此ぎ異儀に及は、渡しをく所の人しち滝川かために害せらるべし、以後ハ兎も角もあれ、一味せすんハ叶ふへからすと、おのゝゝ一同に、滝川此よしを聞、望ミたんぬと喜悦の思ひをなしていはく、氏直大軍にてよせ来るといへとも、合戦のならひ、多勢小勢によらす、勝負を決する事ハ、士卒の心さしを一ツにするにあり、其上一方にたゝかひを決し、万方に勝事をうるハ武略のなす所、ひとへに天運をまもり、名をおもくし、死をかろくするをもて義とせり、此度得いくさに至ては、敵に気をのまれ、みかたおくするに似たるか、滝川小田原へ使者をたて申されけるハ、当月二日、信長公京都におひて、明智日向か為に討れ給ひぬ、是によて(り脱カ)滝川京都へ上り、惟任を討たんのそみあり、前橋の居城をあけ渡すへし、急き来て請取らるへしと、武州鉢形の城主北条安房守氏邦処へ使者を遣す、あはの守此よしを聞、扨ハ滝川上かたへにけ行と覚えたり、西上州をハ、われ一人して切てとらんとたなこゝろにゝきり、氏直出馬をもまたす、前陣にすゝみ、上武のさかひかんな川を越、かなくほまてをしよする、氏直此ょしきゝあへす小田原をうちたち、先陣ハ富田・石神辺に陣し、氏直ハ安房か陣場二里こなた本庄に旗をたて、後陣ハ深谷熊谷につきぬ、然に滝川左近将監ハ、くらか野の方に在て後陣也、西上州衆ハ前陣にことゝゝくそなへり、安房守無勢を見て、氏直ハいまた出馬なし、あハの守か一手はかりハ物の数ならす、いさ打ちらさんと一同し、おなしき六月十八日の巳の刻に至て合戦す、既に上州衆切勝、あハの守敗北し、二百人ほとうたれ、みかたの陣へみたれ入、上州衆初合戦にうち勝いきをひける所に、氏直是を見給ひ、一戦をもよほし、かなくほへをしよする、軍勢しうまんする事雲霞のことし、上州衆大軍を見て肝をけし、重てたゝかふへき事、蟷螂か斧、かなふへからす、皆々居城へ引退くへき体あらハせり、滝川是を見るといへ共、さあらぬ体にて云けるハ、前陣の合戦に、上州衆切勝事、其ほまれ天下に比類あるへからす、此度の合戦にをいてハ、滝川前陣仕るへし、上州衆ハ後陣につゝくへしと云すて、くらか野のたかより打立、其勢津田次右衛門尉舎弟五郎、同理助、滝川義太夫、富田喜太郎、槇野伝蔵、谷崎忠右衛門尉、栗田金右衛門尉、壁野文左衛門、岩田市右衛門尉、同平三、太田五右衛門尉、稲田九蔵、津田小平次、手勢三千余騎にすきす、玉村かなくほの方へはせむかふ、滝川馬しるしハ金の三ッだんご也、是を正先に立大敵をあさむきしハ、光武か心を移しえたる猛強の大将也、滝川鵠毛の馬に乗、さいハひちにかけ、鑓をつ取て先にすゝみ、かゝれかゝれと士卒をいさめて下知をなす、滝川か家老篠岡平右衛門尉前登にすゝむ、かれかさし物ハ篠也、其家中の者皆篠をしるしにさす、滝川か人数たゝ一まとひに成て、馬のくつばみをならへ、氏直数万騎はせむかふ所へ、ましくらに面もふらす切てかゝる、氏直先手にハ、松田尾張守入道、大道寺するかの守、遠山ふせんの守、はがいよの守、山角かうつけの守(介)、同紀伊守、ふく島いかの守、依田大膳、南条山城守、清水太郎左衛門尉、いせ備中守、松田肥後守等切てかゝる、追つまくりつ、首を取つとられつ、半時たゝかひしか、滝川すでに討負はいぐんす、勝に乗ていきほひ追かけ切ふせつき臥、二千余人討取たり、上州衆ハ滝川にもかまハす、をのれのれか居城へ引て入、滝川其夜ハ箕輪にとゝまり、残党をあつめ酒宴し、皷をならし、滝川扇を取て舞たるとかや、暁天いまた明さるより、箕輪を打立、人ぢち共を先に立、小室臼井より皆返し、きそ路を越て、いせの国いにしへの領知かろと島とかやに著きぬ、多勢に無勢、かなひかたき所に義をおもんし、命をかろんし、一合戦し、始終をよくおさめたりと皆人感せり、