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近世俳人略系譜の画像

※注一
【松尾芭蕉】まつお‐ばしょう(一六四四~一六九四)
本名は宗房。号は「はせを」と自署しています。別号としては、桃青・泊船堂・釣月庵・風羅坊などがあります。
芭蕉は伊賀上野に生れ、藤堂良精の子良忠(俳号、蝉吟)の近習となり、俳諧を志しました。一時京都にあり北村季吟にも師事しましたが、のちに江戸に下りやがて深川の芭蕉庵に移り、談林の俳風を超えて俳諧に高い文芸性をみいだし、蕉風を始めました。その間各地を旅して多くの名句と紀行文を残し、難波の旅舎で亡くなりました。句は「俳諧七部集」などに結集、主な紀行・日記には、有名な「奥の細道」をはじめ「野ざらし紀行」「笈の小文」「更科紀行」「嵯峨日記」などがあります。

※注二
【白井鳥酔】しらい-ちょうすい 明和六年(一七六九)四月四日没六九歳
本名白井喜右衛門信興、号は鳥酔の他に西奴・百明台・松原庵・鴨立庵などがあります。
蕉風伊勢派の佐久間柳居に師事し俳句を学び、後に松露庵を営み優れた句集を残しました。また、鳥酔には、上里町の黛・金久保・八町河原などに数多くの弟子いたことが、句集によって明らかにされており、上里町の初期の俳諧に大きな影響を与えました。