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春秋庵略系譜の画像

※丸数字は春秋庵を継いだ順番を示していますが、第六世の碩布は白雄→葛三→碩布を正統と考え自らは第三世を名乗っていました。

※注四
【常世田長翠】
(寛延三年(一七五〇)~文化十年(一八一三) 八月十二日没六十四歳)
春秋庵一世加舎白雄に師事し、白雄の没後推されて寛政三年に春秋庵を継承して二世となりました。しかし寛政六年(一七九四)には春秋庵を倉田葛三に譲り、自らは、本庄の戸谷双烏(本名半兵衛)のもとで、享和二年(一八〇二)まで小蓑庵を営み、本庄・上里の俳諧の発展に寄与しました。
※注五
【川村碩布】寛延三年~天保十四年十一月九日没 (一七五〇~一八四三)
  本名文久。入間郡馬場村(現毛呂山町)に生まれ、天明の頃(一七八一~一七八九)加舎白雄の門には入り俳諧を学びました。文化十三年には春秋庵五世倉田葛三より春秋庵を譲られ六世を継承しました。 また、この碩布は、当時俳諧が盛んであった本庄・上里俳壇と深い関係をもっていました。