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大正元年 11月2日   七本木村、松本佐平・タキの八人兄弟(女4人 男4人)の次女として生まれる。
大正13年 3月       七本木小学校尋常科卒業。
大正13年 4月   七本木小学校高等科入学。
昭和 2年 4月   埼玉県女子師範学校(旧 浦和市)入学。
昭和 4年 3月      埼玉県女子師範学校卒業。
  4月       神保原小学校尋常科 教員となる。(尋常科2年生担任)
昭和 6年 4月             東京州崎の第一飛行学校に入学(第一期生)
昭和 7年     小栗飛行学校へ転校
昭和 8年     安藤飛行機研究所に入学(愛知県新舞子(知多半島))
  8月  20歳 二等飛行操縦士試験に合格(二等飛行機操縦士技両証明書第326号 昭和8年8月17日付と航空免状を取得)日本で初めての女性水上飛行機士操縦免許
  10月15日   郷土訪問飛行(十三式水上機)
昭和9年     東京州崎亜細亜飛行学校で機種拡張試験(現 機種限定変更試験)陸上機免許取得
  10月22日   満州訪問飛行 満州国建国祝賀親善 女性として初めて日本海を横断(海外飛行第1号) サルムソン式2A2型陸上機J-BASJ(白菊号)
昭和10年 3月   国際航空連盟より日本の女性飛行初の海外第1号が評価され、ハ-モン・トロフィ-受賞(修身会員証No.31番)
昭和10年     亜細亜航空学校女子部操縦助教官として勤務
昭和12年 7月23日 24歳 樺太豊原市市制施行祝賀記念飛行に出発 「第2白菊号」津軽海峡で墜落、貨物船稲荷丸に救助される。
昭和12年     陸軍省に従軍志願書を提出 却下される。
昭和13年 3月25日   猪岡武雄氏と結婚 満州国埼玉村開拓団として渡満。
      老街基在満国民学校 訓導(現 小学校教諭)
昭和16年 12月17日   夫と死別
昭和18年 4月29日   西崎 了氏と再婚 長男「峻」誕生
昭和20年 8月15日 32歳 終戦を満州で迎え夫は満州で招集され、シベリア抑留。(昭和24年9月復員)
昭和21年 6月9日   日本に帰国。(長男峻は途中病死)開拓村を出発した492人は133人となって埼玉県庁に到着
昭和21年 6月   北本宿青年学級    教員
昭和22年 4月   馬室中学校(鴻巣市) 教員
昭和23年 1月5日   七本木開拓地に入植
      七本木中学校 教員
昭和25年 4月   七本木小学校 教頭
昭和29年 3月   教員を退職
昭和33年     「航空婦人」(日本婦人航空協会発行)に自らの体験をつづった「爆煙は紫にながれて」「曠野の落日」の執筆(36年まで)
昭和36年     開拓15周年記念体験記「酸性土壌に生きる」農林大臣賞受賞
昭和38年     全国農業新聞500号記念懸賞論文「西瓜の省力栽培は魔法の間道で」で3席に入賞
昭和48年 11月   上里町教育委員会社会教育指導員 主に婦人教育を担当 「婦人便り」刊行
昭和50年 6月   国際婦人年世界大会参加(メキシコシティ-)
昭和50年 10月   「紅翼と拓魂の記」刊行
昭和51年 4月   朝のNHKドラマ「雲のじゅうたん」
  10月   NHKラジオ インタビュ-放送に出演
昭和51年 7月25日   日本婦人航空協会日本一周飛行(東京-仙台間を飛行)
昭和54年 10月6日   脳溢血のため逝去 66歳
昭和58年 2月17日   TV埼玉 ふるさとに拾う「青春を大空にかけて 女流飛行家 西崎キク」放送